「宗祖と現代」 日野 詢城

2007年09月01日

 「同朋会運動は純粋な信仰運動である」という言葉は、この運動を貫く原点の言葉として受け伝えられてきました45年前、御遠忌直後に出された同朋会運動は既成教団の革命児として一世を風靡したと言えます。

 同時に使われていた言葉は「お寺を強くする運動ではない」という言葉でした。純粋な信仰運動として求められるのは、「自己とは何ぞや」と言う問いに代表される己を問うという課題で、徹底した自己批判が求められました。“機ぜめ”とも呼ばれたそのやりとりは初期の運動ではあらゆる場で展開され、夜を徹して議論がなされ、絶望の淵に立たない限り真宗の教えは解らないとされてきました。創価学会の“折伏”に屈することのない信念が求められ、それを逆に折伏するほどの教学(ある種の理論武装とも呼べるもの)が求められていたのだと言えます。

 “純粋な信仰運動”という位置付けが間違っていたのではないのでしょうが、今にして思えば、いくつかの誤謬が生じてきたといえます。

 一つは、訓覇元宗務総長の差別発言として知られることになった「(靖国や同和問題を)やっている暇がない」と言う問題です。自己の内面を深く問い詰めようとするとき、そのこと一つが突破できない自己への問いが、内へ内へと向かうため、世俗のただ中にある自身を見失い、社会と自己との乖離(かいり)を生じ、靖国や同和問題をやっている暇はないということになってしまったことです。純粋な信仰という言葉の中に世俗との乖離を孕み、在家の仏教ということを見失わせる危険性を孕んでいたと言えます。

 もう一つは“寺院教団としての大谷派”という側面をどこかで避けていたことです。寺院教団ということと、純粋な信仰運動を一つの運動として考えると、多くの矛盾を孕むことになります。そこで「教団の改革」ということを言っても、宗門それ自体を信仰課題とするのでなく、組織の近代化に止めるほかなかったのかと思います。結果だけを評価すれば、組織の近代化ということの中で、完全なまでに教団の世俗化が起きてしまったのです。

 私たちは今、宗祖親鸞聖人の七百五十回御遠忌を目前に控え、「あなたと出あいたい、今、共に」というテーマを掲げています。近代という人類史上最大の進歩を遂げた文化が、そのまま地球規模の危機を生み出してしまったことへの問いを“聖人と語り合おう”としているのだと思います。人間の欲望に歯止めを失った今、人知に無限の幻想を抱く今、群がりの中に生きることを見失った今、50年後の教団を見据え“無辺の生死海を尽くさんがためのゆえなり”と立ち上がる時を迎えているのだと思います。

大分組 見成寺住職 日野詢城
教区報『遇我遇仏』9号