「宗祖と現代」 渡邉 眞理

2008年03月01日

 養老孟司氏は、「現代社会」を人間の大脳がつくり出した「脳化社会」と位置づけている。脳が発達した結果、人間は住みやすい世界、つまり大都市を作り上げた。 そして、自然を含めたすべてをコントロールできると過信し、自らの意のままにならないモノをどんどん排除してしまうというのである。

 確かに、人間はすべてが思い通りになれば幸せになるだろう、こうなれば豊かになるだろうと思って、一生懸命やってきた。好きな時に好きなものを好きなだけ手に入れられる。嫌な時に嫌なものをできるだけ遠ざけることができる。教育にしても、経済にしても、環境にしても、食事にしても・・・。どれも自らを不幸にしよう、人間を駄目にしようと思ってやってきたことは一つもないだろう。

 けれども現実はどうだろうか。「教育崩壊」「経済崩壊」「環境破壊」「食の崩壊」。嘘、偽りで取り繕えていたうちは、まだまだマシなほうだったかもしれない。壊れ、溶け、もはや原形が保てなくなってきている時代へと遂にきてしまったのではないだろうか。すべてが自分の思い通りになるということは絶対にない、というのが現実と言えるだろう。実感として人間が人間であるとは言いがたいようになってきている。だからこそ私達は悩み、悲しみ、苦しまざるを得ないのではないだろうか。

 そもそも「この世は苦である。これは真理である」。これがお釈迦さまの出発点であった。宗祖親鸞聖人もまた同じように「如来の遺弟悲泣せよ」と現に生きている時代と、自身を嘆き悲しみつつも、そこを出発点として讃嘆、歓喜の仏道(人生)を明らかにされた。「前に生まれん者は後を導き、後に生まれん者は前を訪え、連続無窮にして、願わくは休止せざらしめんと欲す。無辺の生死海を尽くさんがためのゆえなり」という使命と願いを担って宗祖親鸞聖人は歩み続けられたのである。

 今、私達の教区では宗祖親鸞聖人の七五〇回御遠忌を控え、「あなたと出あいたい、今、共に?750年後の親鸞を語り合おう?」というテーマを掲げている。この度のお持ち受け法要は、組門徒会員、同朋の会推進員、婦人会員の方々を中心とした法要であり、帰敬式、『教行信証』(坂東本)贈呈、総序の文の拝読、組門徒会員・推進員代表のアピール等と新しい試みがなされる。また、教化活動としては「同朋唱和推進事業」「ご縁のある人にご本尊を」が取り上げられている。これらのことは本来真宗門徒の歩みであるが、それ自体が出来なくなってきた、形骸化してきた現実を如実に証明しているのではないだろうか。私達はこの危機意識と悲しみを持ちつつ、「今、共に」と呼びかける親鸞聖人の願いを受け止めていきたいものである。

日田組浄満寺住職 渡邉 眞理
教区報『遇我遇仏』11号