「宗祖と現代」 宮岳 文隆

2009年09月01日

 私は2008年9月1日発行『日豊教区坊守会だより』に「我と汝」という題の文章を書いた。その中で、「それまでの私は得体の知れない不気味な心を我として夢遊病者のように右往左往していた」という表現と「その夢遊病者のような私が…」という表現をした。ところが発行直後、前駐在教導の保木悦雄さんから、この傍点部分の表現には問題があるとのご指摘を電話で頂いた。それによって初めて私は、この表現が、この症状によって現に苦しむ人々がおられることに思い至らず、ご本人やご家族の方々を傷つける表現であったことに気付かされたのである。これは私が人権感覚を欠いていることの表れであり、人として真に恥ずかしいことであった。

 私は保木さんに指摘されるまでは、そのことに全く気付かなかったのである。もしその時ご指摘を頂くことがなかったら、その後もずっと私はこの表現を使い続けていただろう。

 そのことに驚き、これを契機に私は真宗大谷派発行『部落問題学習資料集』を目の覚める思いで読ませていただいた。そして差別問題が、実は真宗の信心の要に係わる問題であったことを改めて知らされたのである。

 「水平社宣言」は、「吾々がエタである事を誇り得る時が来たのだ。吾々は、かならず卑屈なる言葉と怯懦なる行為によって、祖先を辱しめ、人間を冒瀆してはならぬ」と叫んでいる。このような「水平社宣言」の中に、差別社会の価値観から排除され続けてきた魂の発する人間奪還の叫びと、根元の平等なる命から湧き起ってくる人間覚醒の声を感ずる。更には、本願文に顕れている「我は唯除の者(あらゆる救いから除外された者)である」という〈如来の名告り〉を聞く思いがする。

 水平社の創立に関った人達は、「穢多(穢れ多き者)」、「非人(人に非ざる者)」と呼ばれて差別されてきたが故に、その苦しみの中から、その「穢多」「非人」(唯除の者)を「われら」と名告る根元の平等なる命・〈如来の名告り〉が自らの底に脈打っていることに目覚め得たのだ。

 そしてその脈打つ命の伝統を「祖先」と呼んだ。その祖先は、単に被差別部落の人達の祖先であるばかりでなく、われら人間全体の共通の誇り得る祖先であることを感ずる。ここに差別者・被差別者を超えて、われらが等しく帰るべき、誇り得る血筋があることを感ずる。また宗祖が繰り返し聞かれた「われら」という如来の呼び声を聞く思いがする。

 いつとは知らず社会の差別的価値観を取り込み、差別者となって、自らの尊厳性を失っておる私にとって、この血筋に呼び覚まされ、宗祖が常に聞かれた「われら」の如来の呼び声に呼び戻されることが出来るかどうか。それは私の精神の死活問題である。その意味で差別からの解放の問題は信心そのものの問題であった。

 今回、保木さんのご指摘を契機として『部落問題学習資料集』を読ませていただく中で、そういう大事なことを教えていただいた。私はいつの間にか信心の問題と社会の問題を切り離していた。そのことの不明を知らされ、心から慚愧するものである。そのことに気付かしめるきっかけを与えて下さった保木さんに心からお礼を申し上げたい。

大分組心光寺 宮岳 文隆
教区報『遇我遇仏』17号