「死」と向かい合って 生き抜く 市江 康生

2010年09月01日

 日豊教区同朋の会推進員連絡協議会の総会・研修会で、田畑正久先生から、「老病死の受容」というお話しをお聞きした。「生老病死」については仏教の基礎知識として、いろいろな方から何度も聞いて来ているが、医者としての体験を交えてのお話しは、興味深く面白く聞かせていただいた。特に今の医学の「長命である事が人間にとって幸せとなる」と言う考え方への批判はそのとおりだと同感した。

 昨年の日本人の平均寿命は、男は79歳と言われている。そのデータから言えば81歳の私はもう「賞味期限」が切れている存在と言うことになる。いつ死が訪れても仕方のない身だとも思える。だからと言って、与えられたこのありがたい時間を無為に送るのは、あまりにも勿体無い。この年齢ならばこの年齢なりに、充実した時間を過ごしたいものである。老病死が、どんなに嫌いと言っても、どうにも逃れられない身を生きていると言う事になる。

 この文章を書いているこの時、ふたつ違いの弟の急死の電話を受けた。ショックだった。私にとっても残された時間はない。何か私の感じている心境に符号するかのような知らせだった。「風に飛ぶ花散る桜。残る桜も散る桜」と言う歌の文句が急に思い出された。ならば、このあたりで腹を決めてじっくりと「死」と向かい合ってみるのも悪くない。

 病と言えば14歳の時、呼吸器を患って1年間休学し、16歳では氷で滑って転んで怪我をして1年間の入院生活。もう1年間は通院暮らしで、とてもつらい青春時代を過ごした体験から、病気とは上手に付き合う術は心得ているつもりである。とは言うものの年のせいとは言いながら、この十数年病院とは縁が切れない暮らしを続けている毎日である。

 さて、死んだらどこへ行くのか?とても気になりだしたが、私は今まで聞いて来た事を信じて、必ず浄土へ還って行くものだと考えている。私も生まれたばかりの時は、自分の欲望もなく、私の思いと言う事もなく純粋なままでこの世に生まれて来た。それは浄土から生まれて来た証しだと思っている。そして寿命が尽きてこの世を去る時が来れば、もといた浄土へ還って行くのだと信じているのである。だが、この思いも、時には揺らぎ迷う。

 こんな時、フッと『歎異抄』の第九章を思い出した。唯円との言葉のやりとりを何度も読み返してみると、聖人の厳しさと優しさが身にしみる。今の私に語りかけて下さっているかのようにすら思われる。こんな私を引き戻し確かめるには聴聞するしかない。これからも機会を求めて仏法に触れる事が私の歩む道だとしみじみ感じる事である。これこそが「死」と向かい合って生き続ける道程ではなかろうか。今の私にとって最も充実した時間と言えるのではないだろうか。

 今後も、出来る限り身近な人を誘い、親鸞聖人の教えを、共に聞くと言う歩みを続けて行く覚悟を新たにした事である。

前教区推連協会長 市江 康生
教区報『遇我遇仏』21号