真宗の本尊 藤谷 知道

2011年09月01日

 今から35年前(1977年)、真宗同朋会運動15周年大会で高史明師が「念仏よ、興れ!」と獅子吼された。あの日の御影堂の光景は忘却の彼方に消えてしまったが、なぜか「念仏よ、興れ」の喚び声は胸の高鳴りのまま残っている。

 「念仏よ、興れ」は、高史明師の私的な発言ではなかった。幼き高少年にのしかかった民族差別。命をかけた革命運動の中にもあった民族差別と同根の「人間」の闇。一人息子の自死から突きつけられた「私」の闇。その時々に自らのよりどころとした「民族」も「革命」も「人間」も「私」も、みな破れていった師の苦悩の深さは、法蔵菩薩の兆載永劫のご修行の相でもあろう。師はそうした苦悩のはてで、親鸞聖人の発遣の教命を聞き、如来からの招喚の勅命に信順して、自らを「南無阿弥陀仏」と名告られたのである。だから師の「念仏よ、興れ」は、末法の世を生きる凡夫の私たちにも、親鸞聖人からの教命として、また阿弥陀仏からの勅命として聞こえてきたのである。あれから35年、人間の業、時代の闇は深まるばかりである。宗祖親鸞聖人の七百五十回御遠忌の勤まった御影堂にこだましていたのは、実は、いのちの歴史から発し続けられている「念仏よ、興れ」の声だったのではなかろうか。

 お釈迦様から二千余年、親鸞聖人から七百五十年。この間、物質文明は恐ろしくなる程「進歩」した。取り残されたのは、人間の心を覆う無明の闇である。今や手に入れたはずの文明から人間の方が押しつぶされそうになっている。

 その象徴が「核」であり「生命操作」であろう。高木仁三郎氏によれば、原子力発電で使う核反応は、何十万度で燃えている星で起こっている現象であって、それを地上に取り込むことは「天の火を盗む」ことであるという。長い時間をかけて適度に冷え、命が存在できるまでに放射能が減ったこの地球上に、わざわざ核を持ち込み放射能をばらまくとは、なんと愚かなことであろうか。しかもそれが、「平和利用」とか「核抑止力」という美名で偽装された欲望と不信に基づくことに気づく時、人間の無明の深さを歎かずにはおれない。今まさに五濁の世、無仏の時である。七百五十年の時を超えて、親鸞聖人は私たちに「念仏よ、興れ」と獅子吼されている。

 私の三人の子供たちは、幼い時から正信偈に親しみ、門信徒の方々から可愛がられてきた。昔流にいえば、お仏飯で育った子である。それなのに三人とも、中学生の頃より本堂から遠ざかり、今では「念仏申す」私たちを異教徒のように感じているのではなかろうか。

 念珠をもち、焼香もし、勧めれば「正信偈」を一緒に唱和してくれたご門徒でも、「ナムアミダブツと念仏申しましょう」の勧めに「ハイ」と返事していただけることは稀である。なぜ、なのか。

 声に出して仏の名を呼ぶということは、単なる口の運動ではなく、存在をあげての自己決定である。しかも「南無・阿弥陀仏」の自己決定は「人間」を破るものであって、ひとえに「如来とひとしい」といわれる真実信心によってのみ成り立つ名告りである。だから口まねして「念仏申す」ということには躊躇してしまうのであろう。

 このまま手をこまねいているしか仕方ないのか。親鸞聖人は「しかれば名を称するに、能く衆生の一切の無明を破し、能く衆生の一切の志願を満てたまう」とおっしゃられた。五濁の世、無仏の時なればこそ、わが無明を破し、わが志願を満たしたまう称名念仏を求めていかねばならない。「南無阿弥陀仏」の名号が私にとって本当に「真」の「宗」になるまで、聞法の原点に立ち返って、「仏願の生起本末を聞く」ことを始めていこう。

宇佐組 勝福寺 藤谷 知道
教区報『遇我遇仏』23号