京都組 唯念寺 大久保 正信

2010年12月01日

 真の聞法の第一歩、それは還暦を迎えてからでした。気がついたら、ほとんど無檀に近い片田舎の小さな寺に生をいただいていた。「お寺のぼんちゃん」とか「新発意」とかいわれるのが非常に苦痛で、前住職の敷いていたレールを拒否。教師になる夢を捨てきれず、教育実習に行ったのだが、ここで現場の教師に失望。結局、教育行政(教育委員会)に進み、社会教育主事として、公務員との兼職となる。兼職とは言え、法務はほとんど前住職まかせ。

 組の教化事業やその他の研修にもほとんど参加することなく、自坊の法要に顔を出すくらいで、声明作法はおろか教学など恥ずかしながら偏差値ゼロ。そんな自分に試練が訪れたのが約10年前。甘えていた前住職が脳梗塞で倒れ、僧侶にとっては致命的とも言える失語症の後遺症を背負った。

 ようやく自分の置かれている立揚がおぼろげながらみえてきた。教師検定試験の勉強の一夜漬けで、何とか教師取得。平成6年に住職拝命。しかし、年功を重ね役職になると逆に退職し辛くなり、どちらも中途半端。「今年こそは!」と思い立つのだが、(声に出して言えないが)6月と12月が来ると後ろ髪が引かれ、(サラリーマンの御仁なら理解していただけるかも知れないが)とうとう公務員歴30年が過ぎた。そんなモヤモヤしている時、当大谷派にとっては大先生と言われる先生の古い著書に出逢った。「いつになったらお念仏がいただけますか」というご門徒の問いに対し、ある剣術指南役のことばを引用して、先生は、「本気で聞けば3年、寝食をわすれて聞けば7年、命懸けで聞けば一生かかるかな」と。このことばに触れた時、自分の頭をガツンと叩かれた気がした。遅ればせながら、昨年3月に退職。組の会合にもぽつぽつ顔を出すことができ、組長のお計らいで九教研の分室にも参加させていただくことになった。

 恥ずかしながら、還暦を過ぎてようやく自身の聞法、学びの第一歩が始まった。老眼鏡に助けられながら、ほとんど手垢も傍線もついていない聖典をたどたどしい手で、今日もめくっている。

京都組 唯念寺 大久保 正信
教区報『遇我遇仏』22号