宇佐組長仁寺 江本 忍

2011年09月01日

 このたび、日豊教区において、御遠忌後の中心施策として「真宗の本尊」を据えて教化をすすめていくということを伺いまして、教区の末寺の住職として、久々に心身がうごかされることであります。

 というのは、私において、尊い世界に救われるという経験が三年前にあり、それ以来、人生が変ってきているということを日々知らされているからであります。

 以前の私は、仏壇はお金では買える、お内仏は日々お給仕をさせて頂き、勤行させて頂かないとお内仏にはならない、高級家具ではない、中心はご本尊であり、先祖壇でも依頼壇でもないということは知っていました。朝の勤行は毎日させて頂いておりました。

 子どもたちにもお内仏に手を合わせないと食事は頂けないと強制していました。

 けれども、子どもたちも大きくなるといつしか参らなくなり、私は自分の後姿を見せるしかないと思っていたのです。ですから私は、ご本尊はわかっている。生活の中心となっているとばかり思い込み、自信をもっていました。

 ところが、いろいろな重い事件が次々と起こって来る中で、お内仏の前に座るのですが、力が湧いて来るといういうことがなくなったのです。

 知識、教学や経験ではまったく間に合わないということになりました。

 そういう中で、善き師に遇わせて頂きました。その師からお内仏の中住まい、生活の内容がお内仏の中でなされるということをお聞きしまして驚きました。それまでそうした発想すら一度もしたことがなかったのです。私はお内仏の一つ一つの仏具の説明や本で勉強したり、人の話を取り入れたりしてお内仏については詳しく知っているという立場で人に話をして来たのです。願われているという言葉は理解していても実際は私の向こうにお内仏があって、生活とご本尊はかけはなれていたのです。ご本尊はお内仏の前に座っている時だけのご本尊であったのです。師の海のような広い世界に遇って、自分の今までの知識や精一杯やって来たことが、小池の如く照らされたのです。

 それから、その師のみ教えを十三年間聞かせて頂きました。師は私にとっては、光の存在であり、何かあればその方がおられるという心の拠りどころでありました。

 しかし、我執の強い私は頭で仏語を知れば知るほど、仏さまから遠のいていくようでした。納得し、理解してという枠がそう簡単にやぶれるはずはないのです。

 私は実生活において、また、師のお育てによって、段々と落とされていきました。苦しみは増すばかりでした。真面目に生きよう、良心的なあり方で生活しようとしてもその思いが次々と崩されていく事件が起こりました。

 そんな中でやはり本堂のご本尊の前に座してはいましたが、ある事件があり、にっちもさっちもいかず、人の視線が恐ろしく、人前に出ることさえ出来にくくなりました。しかし、生活があります。苦しい中、日常の生活をかろうじてしていました。そういう中で、外からも数人の方が参加されて、毎日朝五時半からの朝参りが始まりました。

 その一時間半の時間によって、一日の生きる力をかろうじて頂いていました。それがなかったなら私は外へ行けなくなっていたと思います。途中、家内の病気のため数カ月の休みをはさみ、始まりを六時からにして、今日まで八年間続いています。

 朝参りが始まり、五年ほど経ち、私が最も信頼していた同行さんがお亡くなりになりました。私は夕事勤行を共にするため、亡くなる前、二十四日間、その同行さんの家へ通いました。「やっと私が私に成った、何も思い残す事は無い」「唯、南無阿弥陀仏ですよ。あんたもここに帰って来なさいよ」と遺言を遺して浄土へ還られました。

 続いてその一週間後、光の人であった師がお浄土へ還られました。病室に自分で書かれたお名号を掲げ、本当に、生死を超えられている生き方、死し方を見せて下さいました。

 次に妻がC型肝炎と診断され、治療が始まりました。

 それまで私の人生の山坂を何とか越えて来たのに、いよいよ行き詰まってしまいました。私は師から頂いた手紙や本を心の拠りどころにと、わらをも掴む気ですがるのですが落ち込みました。

◆一度もたのんだことはなかった◆

不眠が続き、若い時に経験したときと同じうつ状態になりました。

 いくらお内仏に参ってもどうにもなりません。家内の病気の中、朝参りは休みとなりました。いよいよ私は行き詰まり、起き上がることができなくなりました。お月忌に参るのがやっとの状態です。声も小さく、上の空の読経でした。そんな中、あまり犬がやかましく鳴くので山に散歩に連れて行きました。そして走れるかどうかと、走ってみました。

 走っているとき、「尊いんぞ」という声なき声を感じて、少しうれしくなりました。寺へ帰り境内の掃除をしていますと、こんなダメ人間の自分が尊いのだろうかという思いが出て来ました。

 「お前は、いつも人を見下している。そして自分で自分を見下している。その見下されている方のお前が本当のお前ぞ。」

 「ええっ、それでいいんですか」

 「それを待っていたんだ」

 「お前はいっぺんもわしをたのんだことはなかったろう。」

 「ええっ」

 という驚きでした。

 境内にある先祖の墓に参りましたら、南無阿弥陀仏と書かれた墓の向こうに空が広がっていました。

 「一切が尊い、形の無い世界まで尊いんぞ」という声なき声。その時を境として、お念仏が御礼となり、光とならされました。

 ご本尊とか、釈尊とか、また、末代無智のともがら、無明とか、愚、炭と火。という世界がそれまでまったく味わえなかった世界として開かれて来たのです。

 私は全く方向違いをしていたのです。炭が火に成り得る、成ろうとしていたのです。苦しく不安だったはずです。有り得ないことをしていたのですから。努力して努力して、足りないならまだ努力と、努力出来ない自分を歎いていたのでした。ところが火は炭に火をつけられるのです。生きた火が伝わって来た歴史が七高僧様であり、火のついている人に移して頂くのです。親鸞様、蓮如上人、また先人方の伝承のお陰なのであります。またよき師はそのおはたらきをしてくださっているお方であります。

 今、ご本尊を前に拝させて頂くとき、形無き背後の世界から問われます。

名号をききても、形像を拝しても、わが往生を成じたまえる御名ときき、われらをわたさずは、仏にならじ、とちかいたまいし法蔵の誓願むなしからずして、正覚成じたまえる御すがたよ、とおもわざらんは、きくともきかざるがごとし、みるともみざるがごとし。

(真宗聖典P947)

◆開かれてきた生活◆

 ご門徒さんのお内仏の前に座らせて頂き、ご本尊を拝する時、その家、その家の宿業を背負って立っておられる阿弥陀如来の立像にお礼を申し上げたくなる心が湧いてくることがあります。

 その心は私から起こるのではなく、如より来生して下さる。ご廻向のお心でありますから、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏の念仏が自ずと出て下さるのであります。

 日常の生活の場面、場面で心の中で南無阿弥陀仏とご本尊にたのむ生活が始まって来ました。

 このことにより、今までなかった人生の満足感、空しくない心を頂いて、仕事をさせて頂きつつあります。

 おっくうにして嫌っていた人間関係、人との出遇いが楽しくなって来ました。自分で自分が好きになり、尊くなり、人生に方向が与えられ、一日一日精一杯仕事をさせて頂く意欲を仏様から頂いて歩まされるようになって来たのです。

 日々、煩悩、妄念、妄想は絶えまなく起こってきますが、それを嫌ったり、悩んだり、排除しようとしたりせずに、その真っただ中で、光のお念仏に帰らせて頂きます。すると不思議に炭に火が伝わる如く、明るい方へと転じられます。口にお念仏が出ない時も、仏が念じて下さることが信じさせられます。炭に火がついたら、炭のままに炭がある限り、火が燃え伝わる如くです。お内仏の前に座る時だけがご本尊にお参りしているのでなく、お内仏の前に居ないときも、生活全体がご本尊(いのちの親、心の親様)に摂取されています。智慧と慈悲のおはたらきに護られ、育てられて南無不可思議光、人間の思議を超えた光に導かれ、尽十方の碍なき光に導かれ、人生が浄土への旅と転じられて来ます。

 ご本尊中心の生活が日々の動乱の中にあっていかに大事なことなのか、毎日の生活の中で試されるこのごろです。

 たとえばお月忌参りや法事、お通夜、葬儀等のご縁も変ってきました。お月忌には最初に三帰依文をご門徒さんと唱和させて頂き、読経を始めます。三宝帰依のご縁としてのお月忌であります。自然に亡き人をご縁としての三宝帰依のご法縁が少しずつ開かれてきました。

 お通夜、葬儀も亡き人がご法縁を結んで下さるので、御礼の心でお通夜、葬儀、満中陰までのご縁が頂き直され、不安や空しさが消されてきました。

 大無量寿経の最初の方に釈尊が七歩歩かれて「吾当に世において無上尊となるべし」というお心が六歩(六道輪廻)(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)から一歩踏み出した声聞、縁覚、菩薩、仏の境界へ進んでいくご縁の最初として初七日から始まることとして頂き直されてきました。

 また、師から教える立場に立ったら法は伝わらない、自らが育てられ、導かれていく立場に立つことを厳しく教えられました。私は長い間、私は分かっている、仏教の分からん人に教えてあげねばならないという立場にいました。炭の自分が人に火を与えられると思う方向違いをして来たのです。全く逆さまでした。無始以来の私の宿業の闇(炭)が阿弥陀の光(火)によって照らされ、闇(炭)を闇(炭)と知らせて下さったのです。闇(炭)と光(火)は同時誕生です。そこから光を仰ぎ、光をたのむ人生が始まりました。

◆真宗寺院の使命、真宗僧侶の使命◆

 最近の新聞によると、現代人の四大疾病(がん・脳卒中・心臓病・糖尿病)に加えて、精神疾患(うつ病、統合失調症、認知症等)が加えられたそうです。精神疾患の患者さんが従来の四大疾病よりはるかに多いとのことです。また、自殺者も十年以上連続で年間三万人を超えており、その多くが精神疾患を抱えていたと書かれています。また、別の記事では、大分大学教育福祉科学部と県教委が高校生の指導に役立てるため、県立高校3校の生徒を対象にしたアンケートの結果、四人に一人がうつ状態という報告が掲載されていました。

 「うつ状態の生徒の多くが相談することに期待感を抱けず、誰にも打ち明けられずにいるようだ」と分析されています。

 尊い人生が開かれず、自分で自分を追いつめ人間に生まれたよろこびや生き甲斐を見い出せずにいる多くの人達がいます。仏教の教えやご本尊中心のお内仏が心の道、心の拠りどころとしていかに大事なことであることかを、私のささやかな体験を通して私と同じような宿業で苦しみ悩んでいる人がいるならば、宿業のままに救われる道がありますよ、とお伝えせずにはおれないのであります。

 東日本大震災、原発、経済の低迷、政治の混乱等、現代日本の暗い世相の中で、未来に光が見えない時代にあって、浄土(光明土)へという救いの道があることを、お伝えしていく重大な使命が寺にはあります。生活の場においてはお内仏がその役割を果たしていることを見い出していくことが、真宗の僧侶の本来の使命であると私は感じるのです。しかし、残念ながら一般社会から、お寺に対し僧侶に対してそのような期待感もなくなりつつあるような気がしてならないのです。

 今後、『真宗の本尊』という基本施策の実践がこの深刻な現状からの起死回生の機縁となることを切に願うものであります。

宇佐組長仁寺 江本 忍
教区報『遇我遇仏』23号