真宗の本尊 岩尾 豊文

2013年09月01日

…他流には、「名号よりは絵像、絵像
よりは木像」と、云うなり。当流には、
「木像よりはえぞう、絵像よりは名号」
と、いうなり…

 「真宗の本尊」で思い浮かぶのが、この蓮如上人御一代記聞書のお言葉である。「本尊」という言葉は記されてないが、あえて言うなら真宗の本尊は南無阿弥陀仏である。

 「なむあみだぶつ」は如来の回向であり、称名念仏する私には帰命となる。帰命は必ず礼拝の形をとる。先達は南無阿弥陀仏のはたらきを文字に表して名号とし、視覚的な形として絵像、木像を、方便法身の尊像として伝統的に礼拝してきた。

 そこに、上人があえて、「名号よりは木像」と「木像よりは名号」と、逆行する二つの方向性を示し、浄土真宗には「木像、絵像よりは名号」と、言われたのはなぜか。思うに、方便法身を礼拝する意味は報恩にあり、一念帰命の信心は方便から真実へと向かう、南無阿弥陀仏への帰命の道筋を示されたのだろう。

 それにしても絵像、木像は尊く荘厳に見えるが、私には名号の方が有難い。何より、如来の存在を自分の身近くに感じる。だが、寺院やお内仏の中心となる本尊のほとんどは絵像、木像である。移ろいやまない我が思いを、あえて動かない形としての尊像を礼拝することで常に見つめ続けよというのか?浅学な身には未だはっきりとしない。

 話かわって、共に聞法してきた推進員のAさんが8月初めに命終された。7月に入院され、見舞いに行こうという矢先だった。

 聞法とはおよそ縁の薄かったAさんが総代になったのは5年ほど前の60才のとき。それからは寺の法要や聞法の場にはいつも顔を出されるようになった。宗祖の御遠忌に奥さんを誘って参拝され、ご縁に遇わせてもらったと喜んでおられた。その翌年、推進員教習を受講しませんかとお誘いしたら、二つ返事で受けられて再び上山された。念仏を声高にいう人ではなかったが、Aさんは光如来のはたらき南無阿弥陀仏にであったのだ。

 枕経のお勤めの後、奥さんのお話では、「もう帰ってこれんかも知れんので家の中はちゃんとしておけよ」と言い残されての入院だったそうだ。奥さんは「いま思うと、親鸞聖人の御遠忌で一緒に本山におまいりできて良かったとつくづく思います。それが私には救いです」と語られた。穏やかにそう話されるのを聞いて、私は「いえ、Aさんは南無阿弥陀仏にであったんです。だから、あなたにも私にも救いがあるんです」と申し上げた。穏やかな葬儀の中で、「お浄土でまたお会いしましょう」と語りかける法友の弔辞に私は思わず頷いた。

 白骨の御文をいただき、「後生の一大事」とは、自分を丸ごと有難いといただいてゆける念仏に出遇うことだとあらためて思わされた。本尊に呼び覚まされた人の生き様は、残された人の心をも安らかにしてくれる。

大分組 法蓮寺 岩尾 豊文
教区報『遇我遇仏』31号