みんなでお勤め同朋唱和 1

2008年12月01日

 先日、ご門徒さんからご法事のお願いがあり、その際「当日は一緒に正信偈のお勤めをしたいので勤行本を何冊か持って来て下さい。」との申し出がありまし た。「承知しました。」と言ったものの、本当に一緒にお勤め出来るのだろうか・・・という思いがありました。

 ご法事の日、伽陀、表白、阿弥陀経を読み、正信偈の前にお参りされている皆さんに勤行本をお配りし、「よかったら一緒に読んで下さい」と伝えお勤めを始めると、私の後ろから正信偈を読む皆さんの声が聞こえてきました。私のお勤めに合わせ一所懸命に正信偈を読まれるご門徒さんに対し、私は何と失礼なことを思っていたのだろうと反省させられるご縁でありました。

 ご門徒さんに対し、「どうせ正信偈など読めないだろう」と「どうせ」という言葉が私の中にあり、読めないと私自身が勝手に決めつけていたのです。私の勝手な思い込みで大切なことを切り捨て、ご門徒さんに声明の大切さを伝えていくという住職の役割を果していないことに気づかされました。

 別府組の婦人会では昨年度から研修の中に声明の稽古が組み込まれており、講師をさせていただいておりますが、なかなか上手く伝わらず、人に教えることの難しさ、そして長い時間をかけて繰り返し繰り返し稽古することの大切さを痛感いたしております。

 このような経験を通して今思いますことは「どうせ」と思う前に住職としての責任を今一度問う必要があるのではないか、ということです。住職は昔から脈々と受け継がれてきたことをご門徒さんに、また次世代に伝えていく大事な役目を担っているとあらためて思う日々であります。

別府組 大智寺住職 小野 豊徳

教区報『遇我遇仏』14号