お念仏の伝承

2009年09月01日

 先日、四十九日のお参りにご門徒さんのお宅に伺いました。お内仏の横の奥にある御文箱が目に入り、拝読の際使わせていただこうと、奥から取り出して中を 確認しようと開けてみたところ、指の形が分かるほどすり減った表紙の使い込まれた御文が入っていました。私も、取り囲んでいたご門徒さんとそのご兄弟親類 の方々も、思わず「おーっ」と声を出してしまう程でした。

 手に取り開いてみるとやはり、丁度親指が当たる場所がぴったり親指のとおりすり減っていました。手に取ると、脈々と繋いでこられたお念仏の歴史とその重さをしみじみと感じると同時に、身の引き締まる思いがしました。

 亡くなられた方の息子さんも「初めて見ました」と感慨深げにおっしゃっていましたが、その後月忌参りの際もお仕事の休みの日を選ばれ、すすんでご夫婦で『正信偈』を読まれています。その方のご先祖から繋がる歴史のはたらきを感じました。

 常々思う事ですが、お年を召されたご門徒さんの「なまんだぶ、なまんだぶ」というお念仏、合掌の姿勢のひとつひとつに年季を感じます。味があって心地よ いお念仏だなあと。そして、未熟な私を暖かい目で見てくださるその姿はまさにどちらが「坊さん」なのか…と。そこには、その方のご先祖の歴史。そして、そ の方自身の歴史と、途方もなく長く重い歴史を通じて今のお念仏があるんだなと考えさせられます。その途方もない歴史に私の力など微力ではありますが、その 地域、個々の家庭に伝わってきているお念仏を大切に伝え続けていくお手伝いができればと思わされます。前にご本尊、後ろに歴史のあるお念仏の声に挟まれ、 冷や汗をかきつつ色々なことを教えていただきながら送る日々であります。

四日市別院書記 中山知真

教区報『遇我遇仏』17号