御遠忌テーマ 聞こう 念仏のこころ  – 願われ、待たれている私を生きん! –

2012年12月01日

 このたび、2016年4月厳修の日豊教区・四日市別院宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌に向け、多くの方々から御遠忌テーマ候補の言葉をお寄せいただき、当委員会において、検討協議を重ねた結果、上記のとおり御遠忌テーマを策定いたしました。
 日豊教区では、これまで、本山における宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌に向け、2006年度に教区教化テーマ「あなたと出あいたい、今、共に‐750年後の親鸞を語り合おう-」を掲げ、2007年度から主題「宗祖と現代」、具体的課題として、育成員は「宗祖に学ぶ」、門徒は「お内仏を中心とした生活」を掲げました。そして、そこから一歩進め、昨年度からは、中心施策として「真宗の本尊」に絞り、教区を挙げての教化活動として推進しております。
 そして、このたび、新たに御遠忌テーマを策定いたしましたのは、これまでの取り組みを更に深め、真宗に関わるお一人お一人が、念仏の呼び声を聞き、念仏の声がおこることを願ってのことであります。
 教区・別院御遠忌が実りあるものとなるよう、この御遠忌テーマのもと、共に歩んでまいりましょう。
(宗祖親鸞聖人七百五十回御遠忌を機とする日豊教区総合推進委員会)

《趣 旨》
 今、私たちの身のまわりには心を痛める出来事があふれ、閉塞した社会は出口を求めてきしみをあげています。
また、海の向こうからは争いのニュースが絶えません。
 私たちは豊かさと快適さを求めるあまり、いよいよ自己中心的になっているのではないでしょうか?
 このような生き方にあっては、わが内なる声が聞こえず、共に生きる人の声が聞こえず、この世を貫く声なき声が聞こえなくなります。
 浄土真宗は「聞(もん)」の教えであります。親鸞聖人は「聞というは、衆生、仏願の生起・本末を聞きて疑心あることなし」と教えてくださっています。如来の呼び声が聞こえてくるとき、心に光が射し込み、歓びが満ちてくるのです。
 私はこの世に一人ぼっちでいるのではありません。如来から願われて生きているのです。その呼び声に目覚める時を、親鸞聖人は750年も前から待ってくださっています。
 お念仏のこころを聞いていきましょう。
 願われ待たれている私を生き始めましょう。

教区報『遇我遇仏』28号