真宗の本尊 野村 和彰

2013年03月01日

 私たちの日豊教区から「真宗の本尊」という中心施策をいただき、自分なりにあれこれと考えるようになって一年半くらいになるのでしょうか。少しずつではありますが、面白い言葉をいただいたのではないかと思えるようになりました。

 当初、この言葉を見て思ったことは「真宗の本尊とは何か」という、いわゆる本尊論です。

 本尊には木像、絵像、名号があり、お寺の本堂は木像、お内仏は絵像が一般的です。親鸞聖人は名号本尊を勧められたようですが、これらのことをどのように考えたらいいのかという問題があります。親鸞聖人は本尊をどのように考えたのでしょうか、聖人の著作の中では本尊について述べたものは見当たりません。

 蓮如上人の御遠忌の頃に、金龍静という歴史学者の講義をこの教務所で聞かせていただきました。蓮如上人によって真宗の本尊が確定したという話をお聞きして、私はたいへん驚きました。つまり蓮如上人以前には真宗の本尊は確定していなかったということです。それまでは本願寺でもいろんな本尊を用いていた、だから他流のものは風呂の焚きつけにしたという御一代記聞書(聖典896頁)の話は知ってはいましたが。

 真宗の本尊についての論議は蓮如上人から始まるのかも知れません。

 真宗の本尊は単独でそれが存在したのではなく、その本尊の前で、正信偈の勤行を行い、そして御文をいただき、法話について寄合談合をするという、これらはお互いに深く関係しています。それによって蓮如上人は本願寺教団を再興するためにその御一生を捧げられ、もっといえば親鸞聖人の教えを広めること、つまり教化を畢生の課題としたのです。

 私は北九州市という、いわば宗教的な土徳というものとは縁遠い都市部の住職をしています。葬儀場でお葬式をして、自宅での中陰勤行で考えさせられます。遺族にしてみれば亡くなった人にお経を上げてもらうことが仏事だと思っている、しかし我々僧侶は本尊の前でお勤めをするのが浄土真宗の流儀だと教えられました。遺族の気持ちに寄り添うことは寺の住職として重要なことですが、その要請にそのまま応じることは共に真宗であることを失っていく傾向性を孕んでいると言えます。

 「真宗の本尊」とは、真宗というひとつの宗旨においての礼拝の対象を示す言葉で、これはつまり世間の一般常識から出発する言葉です。しかしこれは蓮如上人の教団再興の志願として、真宗独自の教えをいただく形を考えられた中においての本尊です。さらに上人は当流の眼目は「信心」にあると断言しました。

 このようなことを考えると、それは私自身が「真宗の本尊をいただく」私になる、というところに中心点をもっていく必要があります。身近な一般用語である「本尊」を入口として、親鸞聖人の教えの中心課題を尋ねていこうというのがこの言葉なのでしょう。私はそのように捉えたいと考えています。

京都組 光清寺 野村 和彰
教区報『遇我遇仏』29号