ある坊守のつぶやき 清原 えつ子

2012年12月01日

 末期の肺癌で苦しい息の間で、「お父さんは一生懸命に生きてみせた。これから一生懸命死んでみせる。
才能は無くても一生懸命生きる。
そうして、死を受け入れる・・・・そういうことだ」
 子供たちにそう言い残して夫は最後のベッドに就きました。
 決して難しい言葉は使いませんが、敬愛する故信国淳先生から頂いた「随其生処在意所欲」を表し、これが自分の南無阿弥陀仏だと言いたかったのだと思います。
 十一月になり慌ただしく百ヵ日を迎えました。残された者が困らないように色々と準備をしていてくれましたが、戸惑う事ばかり、住職の存在の大きさを実感しています。御法義のこと、儀式作法の事、各々の御門徒のこと、寺の維持管理のこと、小説「つなぐ」の主人公ではありませんが、逢って確認したいことばかりです。
 喧嘩相手の息子を失ってすっかり気弱になっている高齢の母と、否応なしに跡を継ぐことになった若い住職と、踏ん張りのきかない坊守と、半人前が三人、信頼してくれる御門徒や有縁の方々の力を借りながらお寺を守っていこうと思っているところです。
 願わくはこの若住職に早く素敵な伴侶が見つかりますように。
 さあ、本堂にストーブを出しましょう。

中津組 寳蓮坊 清原 えつ子
教区報『遇我遇仏』28号