ある坊守のつぶやき 末廣 操

2013年03月01日

 いつの間にか、お寺に嫁いで四十三年が過ぎました。前坊守が病弱であり、院家が兼職であった為、前住職から頼まれ、早くから法務に付かざるを得ない立場になってしまいました。「右を見ても左を見ても、私しか居ないなぁ」とため息まじりにつぶやきながらの第一歩でした。末っ子が三歳になったばかりの時であれから三十六年です。下手な声明に、付け焼刃の法話。恥ずかしいとかみっともないとか言っている場合ではないと自分を叱咤激励しなからの毎日でしたが、今思い起こしてみれば、よくぞ今日まで、ご門徒の皆さんがこんな私を受け入れてくださったと、深く感謝でいっぱいです。
 寺に生まれたわけでもなく、全く畑違いなところからご縁をいただいて入寺した私でしたが多くの方々にお会いしながら、様々な生き様に触れ、たくさんの言葉を頂戴いたしました。坊守学習会で講師の先生にご教化頂きましたが、私の頭には仏語ひとつ、何の知識も残っておりません。唯、日々の暮らしのなかに出てくださるお念仏の声だけが、私に残ってくださったような気がして、どれもこれものご縁が無駄でなかったと、熱いものがこみ上げて参ります。ご門徒の方々の喜びや悲しみを、どれほど共有させて頂けただろうと省みながら、次を背負ってくれる若坊守に、バトンタッチの日が近い事を感じ唯々お念仏のみです。これからが「私の正念場、正真正銘の正念場」です。失っていくものがひとつひとつ増えていく老苦に向き合いながら、後生の一大事のその日まで歩かさせていただきます。     合掌
  念仏もうさんとおもいたつこころの
   おこるとき、すなわち摂取不捨の
   利益にあずけしめたまうなり。

中津組 圓林寺 坊守 末廣 操
教区報『遇我遇仏』29号