ある坊守のつぶやき 江本 薫

2014年03月01日

 年明けの正月4日、2人の女性が葬儀のお礼に参ってみえました。暮れも押し迫った28日の葬儀のお礼でした。亡くなられたのは87歳のお婆ちゃん、お礼に見えたのはお婆ちゃんの娘さんたちでした。お婆ちゃんの法名は「親願」と命名されていました。お婆ちゃんは娘さんたちだけのことを気にかけたご一生だったそうです。いっしょに暮していた娘さんは三が日の間ずっと泣いていたとおっしゃいます。

 住職がその法名に込めた意味を説いて語るのを私も傍で聞かせていただきました。「親願の親には、亡くなった親と阿弥陀様の二つが掛けてある、阿弥陀様のことを親様ともいうじゃろ。親の願いは阿弥陀様の願いでもある。これからは阿弥陀様が親となってくださるから、なんでも阿弥陀様に相談するんやで。南無阿弥陀仏のところに亡くなった母ちゃんもいる。そこから信仰の生活が始まるのや」と。

 すると娘さんの表情がぱあっと明るくなりました。「そうかあ、それでみんな手を合わすのやな」「なんでみんな木の人形に手を合わすのか分からんかった」と。目から鱗が落ちたように「そうかあ」と何度もうなづかれました。帰り際にもう一度ご本尊の前に立って「ここにお母ちゃんがおるんや」と幼子のように頷き合いながら深々と頭を下げられました。まさしく千年の闇に灯がともったような瞬間でした。

 仏さまの光が入ると人の表情は尊くなるものですね。
 ナムアミダブツ ナムアミダブツ

合掌

中津組 長仁寺坊守 江本 薫(釋尼法喜)
『遇我遇仏』33号