聞こう 念仏のこころ 多田 益子

2015年03月01日

 幼い孫と向き合うときはエネルギーが必要です。キラキラした瞳で一つひとつ次から次へと「なぜ?どうして?」と質問攻めに遭ってしまうからです。精一杯今を生きている姿を目の当たりにすると思わず笑顔になってしまいます。

 「聞いても聞いても仏法が力にならない。」と、聞き方はともあれひたむきに問うていたのはいつのことだったでしょうか。「どうせこんなもの」と決め付け、あたりまえのことと思い込み、問うことを止めたのはいつだったでしょうか。「あなたのお子さんは死をもってまで、『お母さん仏法に出遇って』と伝えたかったのですよ。」との厳しい指摘さえも自分の思いで聞き取り、悲しさ苦しさを取り除いてくれるのが仏法だと長いこと思っていました。「聞法とは自我が打ち破られてくる言葉に出遇うこと」と教えていただいたかけがえのない出遇いを通して、我が身をたのみ、我が心をたのむを善しとしてきたこの我が身が問題になってきたのです。

 釈尊の十大弟子の一人「多聞第一」と呼ばれた阿難は、仏伝によれば侍者として25年もの長きにわたって釈尊の側に仕えたのである。一番近くで聴聞することが特に多かったので「多聞第一」と呼ばれるようになったのですが、なかなかさとることができなかったらしいです。目の前にいる釈尊はどこまでも偉人としての釈尊、人間の理想としての釈尊であり、仏陀釈尊として見ることができなかったのです。自分も努力すれば釈尊のように偉い人間になれると心のどこかで思っていたのでしょうか。その阿難がある時きらきらと輝く釈尊に気づき、「どうして今日はそのように光り輝いているのですか。」と問うのです。阿難から問われた釈尊は、この問いを大いに喜び、阿弥陀仏の本願を説き始めるのです。(参照『仏説無量寿経』)この阿難の感動と気づきがなかったら阿弥陀の教えは説かれなかったかもしれないのです。

 私たちは「真宗の教えはわからない。」とよく言います。わかるはずであるという私の思いから、くりかえし何度も聞くことが大事、賢・善・精進の歩みしかないと思っているのです。あてにならないものをあてにし、仏法でさえも利用して自力の限りを尽くすのです。「わからないということがわかった。」と喜べないのです。そんな私たちですが、気づいてみれば、見捨てないよ!嫌わないよ!という阿弥陀の本願が寄り添ってくれていたのです。私たちは真実(いつでも自分を言い当ててくれるもの)に出遇いたいのです。出遇うことがなければ聞くこともない、聴聞せずにはおれないのです。「聞こう 念仏のこころ ―願われ、待たれている私を生きん!―」あらためてテーマが問いかけてきます。

直入組 寳圓寺 多田 益子
教区報『遇我遇仏』37号