解放協議会委員学習会
南無阿弥陀仏は解き放たれる願い
2008年3月13日、玖珠郡九重町において解放協議会委員学習会が玖珠組解放研修と合同で開催された。玖珠の部落解放同盟の方との懇談会には、平日の午後にもかかわらず、年配の方や明日には就職で大阪に行く若い人など、私たち参加者よりも多くの方が集まってくださった。

懇談会では自身の被差別体験を交えながら色々なことをお話しくださった。部落外から嫁がれた方が血を分けた身内の人にひどい仕打ちをうけながらも、粘り強く乗り越えられ、逆にそれらの人達を思いやっておられること。またその方の悲しみを共に抱えながら支え続けている村の人達のしなやかな強さ、朗らかさ。部落の生まれであることを知らないまま成人し、結婚のときに相手方に知らされ、それを乗り越え結婚して、その後解放運動に取り組んでいる方の強さとおおらかさ。お子さんがおられない女性活動家が「この村の子達はみんな私の子」と優しく深い眼差しで語られる姿。やりとりされる会話の中に、この場に「共に生きるという願い」が息づいている事を目の当たりにした思いがした。
初めて会った私達に自身がくぐってこられた厳しく苦しい事実と、それを乗り越えてきたことを差し出しながら話される姿に、「全ての人が人として尊ばれる世を願う」願いの深く強いことを知らされた。
私はこれまで「南無阿弥陀仏の生活を理論のみならず生活そのものとして生きる」とはどのようなことか疑問に思っていた。だが、人間の尊厳を奪わんとする過酷な現実に対峙しながら、差別する人も共に解放されんことを最終の願いとする部落解放の願いと闘いの暮らしこそが、南無阿弥陀仏を念ずる生活の生き生きとした姿ではないかと思った。(京都組 来山哲治)
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